
先週末、小林慎二さんと近所の支那そばや「嚆矢」へ飲みに行きました。
能登在住の小林さんですが、ご実家は東京。その日はちょうどお友だちの結婚式で上京してらしたのです。
「『嚆矢』で飲みましょう」は、小林さんとの前々からの懸案。お酒やつまみが美味しく、なっちゃんはじめ、周囲の作り手から噂が耳に入っていたこともあるけれど、わたしが小林さんを連れて行きたかったもうひとつのわけは、嚆矢の店主「しばちゃん」が去年の酒器展で小林さんのカップに一目惚れ。以来、いたく気に入って愛用し、作り手に会いたいと熱望されていたからです。
冷酒を「こぼし」で飲ませる嚆矢では、冷たいお酒にはもっぱら「うすはりグラス」を使っていて、しばちゃん的にはそれに勝るものはないと思っていたけれど「これを使い始めたら手放せないです。ビールでもお酒でも、この薄さ、口当たりよさ、手に持った感触…」。あまりの絶賛に、すでに微酔いの小林さんも照れることしきり。厨房で慌ただしく働きながら使うから、ぶつけたり倒したり、落としたこともあって傷も付き、しばちゃんはちょっと気にしているけれど、それでもびくともしないのは漆の良さ。「割れても、ボクは何としてでも直しますから」。小林さんの頼もしい一言もいただいて一安心。一年でいい艶が出てきたカップは、これからもずっとしばちゃんの相棒でいそうです。
小林さんが漆に目覚めたのは学生時代。金属を志して入った大学で漆に触れ、その奥深い魅力の虜になったのでした。
卒業して、漆の本場輪島へ。まもなく赤木明登さんに弟子入りし、慣例に従って4年の年季奉公と1年のお礼奉公を終え、独立。2007年、能登の穴水に工房を構えます。
シンプルでスタイリッシュ、だけどどこか暖かみのあるかたち。シックな色あい。小林さんのうつわは、わたしたちのいまの暮らしにぴったりとはまります。
が、それでもなかなか漆が家庭の食卓に浸透しないのは、作り手共通の悩み。
もともとお汁を入れて使っていたのに「熱いもの、大丈夫ですか」とは、お店でもよく聞かれます。もちろんです。だけでなく、ちゃんと納得してもらうため小林さんは実験し、95℃までは確実に大丈夫とのデータを取りました。
食洗機がなぜ漆に悪いのか(乾燥と研磨なのですが)、それを具体的に説明するためだけに食洗機を買ったのは木曽の手塚英明さん。作り手それぞれが漆をふだんに使ってもらうため、地道な努力をしています。
なによりも、小林さんが危機感を抱くのは、漆を掻く人、塗る刷毛を作る人、そして、木地の前の粗取りをする人が極端に減っていること。刷毛を作る人は、驚いたことに日本でわずかひとりしか居ず、その人が全国のすべての塗り手の刷毛をまかなっているそうです。漆を掻く刃物を作る人ももうひとりしかいないと去年、浄法寺で聞きました。
漆の塗り手はいるけれど、それを根本のところで支える人がいない。それが育たないのは地味で実入りの少ない労働条件の悪さ。日本の文化を守るため、国がもう少し目を向けて補助をしてくれればいいけれど、それがなされないなら、もっと建設的で健全な対策は、みんながもっと漆を使ってくれること。
そうだ、何とか漆を使ってもらわねば。たくさんでなくても、ひとつの家庭でいくつかは当たり前に漆が使われて欲しい。
そうです、しばちゃんのように。

しばちゃんが持つと小さく見えますが、すり切り180cc。ビールにも程よい大きさです。
「少なくとも」と、小林さんは言います。汁椀、飯椀、手に持つものは漆を使ってみて欲しい。PARTYの次の催しは飯碗と飯椀展。そのときに漆の飯碗、手に取ってご覧になってくださいね。

去年も今年も酒器をお願いしたもうひとりの漆の作り手が八代淳子さん。
錫彩などを使った、さらにスタイリッシュな漆器の作家です。
会った印象もスリムでスタイリッシュで素敵な彼女ですが、すごいのは木地から自分で挽いてしまうところ。プロの木地師さんでも生傷が絶えない荒仕事で大変だけれど、思うままのものができるのは代え難い魅力。彼女の斬新でカッコいい造形も、地道な努力から生まれているのです。
芸大を出て若い頃から活躍し、いまは結婚されてお子さんができ、軽井沢に暮らしながら制作しているから、なかなかお会いする機会は少なくなってしまったけれど、いつも気になる漆作家さんのひとり。次は、4月のお弁当箱展にも参加していただく予定です。
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